COSMIC WONDER Free Press

あたらしい服のはなし
− COSMIC WONDERの服着用に関するルポルタージュ

Nov 12, 2016 | COSMIC WONDER Free Press 


岐阜のあおあおとした山が見える部屋で、
川からの風を頬に静かに感じながら
たとえば、COSMIC WONDERの
オーガニックコットンサークルTシャツにふれてみる。
 
まあるいかたち。
うつくしい軽さ。
やわらかい光をたたえた素材。
 
袖を通すたび、太古と未来が
わたしのからだを交差して重なり合い、
「あたらしいきもち」が
わたしのこころを潤していく。
 
COSMIC WONDERの服、それは
わたしたちがもともともっていた、
だが、すっかり忘れきっていた
自分をまるごと信頼し、愛するという感覚、
さらには、未来に体感するであろう感覚の予兆を
服の全体に内包している。
 
見た瞬間にこころは自由になる。
着た瞬間にからだが喜ぶ。
時は「今ここ」だけになり、
あたらしい自分が表出する。
 
(あたらしい自分とは、
まったく知らないわたしなどではない。
わたしの中に眠っていた、
ずっと太古からねむっていたほんとうのわたし。
神性が輝き続けつづけているほうのわたし)
 
あたらしいわたしの、あまりの新鮮さに
おなかの底からよろこびが湧きい出る。
 
 

あたらしいわたしの体験は、
太古の暦を使うことに似て、
宇宙本来のリズムを刻みはじめる。
 
不連続な、不可視な、非合理的な、非二元的な世界。
 
見えないけれど見ることができる
現代のわたしたちが忘れかけていた夢。
 
知ったらたちまち
全身が、内側も外側も、
うつくしい水で満たされるように
わかる。
 
(元来、知っていたことだから−−−)
 
 

COSMIC WONDERの服が、
山深い村でつくられ
ちいさな山の町に並ぶころ
世界はいよいよ、
次の意識へと上昇する。
 
コズミックワンダーの服は
あたらしい意識に寄り添い
あたらしい世界をつくっていく。
 
今日も、今も、この瞬間も。
 
障子をとおした光のやさしさが
人間のからだとこころ
たましいにとって完璧な作用をもたらすように。
 
わたしたちは、今、無に戻る。
 
水から放たれる 静謐な光の粒子とともに

2015年8月8日
服部みれい

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木と人

Jul 01, 2016 | COSMIC WONDER Free Press 

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かつて日本の山には、杣(そま)と呼ばれる人々がいた。

杣とは、山へ入り木を伐り、またそれを運び出すことを生業とする人々である。

 

機械化が進んだ現代と違い、人間の体力と知恵、馬の力のみで険しい自然と巨木を相手にする仕事は危険を極めたが、今となってはそれを想像する事さえ難しくなってしまった。

 

そんな杣の仕事に欠かせない、「ヨキ」という道具がある。

それは一般に言う斧と同じ道具だが、杣の人々はヨキと呼ぶ。

そしてそのヨキには必ず、左面には3本、右面には4本の筋が入っている。

一説には、左側の4本は地水火風の4つの気を表し、それがヨキの語源にもなっているのだという。また反対側の3本の気は、ミキ、つまり御神酒(おみき)を表し、木を伐採するにあたって御神酒の側を木の方へ向け立てかけ、柏手(かしわで)を打ってから仕事にかかるのだという。

 

しかし、本当にそれだけのことなのだろうかと、何かがひっかかっていた。

そんな時、偶然にも続けざまに2つのことを知った。

 

長野県に秋山郷という雪深い集落があり、そこの杣人たちは3と4という数字を畏れ、自分の干支に当たる日から数えて3日目と4日目の日には、決して山へ入らないのだという。しかしその当人達も、ずっとそうしてきたから、という以上の事は知らない。

 

また別のところからは、陰陽道では3は奇数で陽、4は偶数で陰。 つまりヨキには陰陽が表裏の関係で存在している、と教えられた。

 

そこで何かが繋がった気がした。

 

陰と陽とは別のものでありながら、常に一体だ。

ヨキは道具の性質上、ひとつのものをふたつに分けるものであるが、陰と陽とに分ける事により、分けながらにして繋ぐのではないか。木の伐採に関して言えば、伐採され木材になる側と切り株の側との何か(記憶のようなもの)を繋げる意味を持っているのでは。

そして杣人達は、その数字を畏れながら、神性を感じているために山へ入らないのではないか。

 

木材として流通している一本一本の木が、その山々と今だ繋がっているのだとしたら、そんな願いをもって杣と言われる人々が仕事をしていたとしたら。

我々の木の扱いは、本当に今のままでいいのだろうか。

 

2016年3月6日 川合優

 

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ときをいきる籠

Mar 29, 2016 | COSMIC WONDER Free Press 

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日本はかつて大陸と地続きであったが、地殻変動を繰り返し、2万年程前に今の列島が形づくられたと考えられている。紀元前後に新しい文化をもった時代が到来 するまで、縄文の時は1万数千年にわたり続いた。海に囲まれた温順な日本の風土には、南からそして北から点々と繋がる群島伝いに多様な伝来があり、その長い暮らしの間、自らの文化はかたちづくられた。

 

縄文時代には土器や石器など、生活のなかで様々な様式と道具が用いられたが、その1つに自生する植物を手で編み成型した籠がある。
縄文の史を伝える日本各地の遺跡より、籠が出土。その当時の暮らしを知る手がかりとなった。人の手で編まれる籠は、長い時を経た暮らしの変容の中においても、これまでのいのちの歴史の中で重要な役割をしめてきた希有な道具といえる。

 

四季折々の日本列島のくらしの中では、自生する植物もことなり、籠の素材は、真竹、孟宗竹、根曲竹、鈴竹などの竹類、通草蔓、沢胡桃、山葡萄、山桜、つづらなど多岐にわたる。形状、編み方も、その地の暮らしを豊かに反映し各々の個性をたずさえるものとなった。稲作の土仕事に用いるもの、木の実や穀物を採取するもの、海において魚や海苔を採ったもの、くらしのいとなみに応じ、折々に編まれてきた。

 

自然の恩恵と人の手といのちがあたえられ、あたらしい時を生きる籠。素材美の特性をいかした成型の過程には、険しい山での原料の採取から、長い時をかけ生業にたましいを向ける、人の自然への畏敬の思いがやどる。自然と人間のいのちのかさなりに、うやまう心を寄り添わせ、用の美は昇華される。

 

人と自然がともにあり礎が築かれた日本の美意識。光をあてがう人の手が時をいきる籠の物語を継ぐ。長いいのちの歴史と暮らしを編む伝統的な手仕事にわたしたちの源流の光をみいだす。

 

2016年 春分

西澤さちえ

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神性の実験

Dec 15, 2015 | COSMIC WONDER Free Press 

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白衣も道具もいらない

からだひとつでできる

実験を行います。

 

 

◎実験

 

自分がもって生まれた体質に戻っていくとき、人は最高の健康を手に入れる

 

意識レベルがあがると、どんなものごとでさえ、純粋意識しか見えなくなる

 

その人らしく輝いていくときに、もっともすばらしい魅力が発揮される

 

物質ではなく、プラーナによってのみ生きる人、ライトイーターが実存する

 

不耕起、無農薬、無肥料で、つよくておいしい農作物が育つ

 

紫外線、赤外線、そのほかの可視光線、すべての光は愛でできている

 

あるがままでいることが誰からも許されていると安心する

 

すべては同じものからできている

 

 

 

これらはわたしがこれまで聴いた話、実際に見たことたちです

 

さあ、実験です

 

 

 

これらが本当だと思って生きるのと

 

これらが嘘だと思って生きるのと

 

どちらがここちよいのかを感じてみます

 

 

 

好きなセンテンスを

いくつか選んで

ひとつひとつ味わってみてください

 

 

 

その世界が本当だと思うのと−−

 

そんな世界は嘘だと思うのと−−

 

さあ、目をつぶって……

 

こころがしんとするまで

味わってみてください

 

 

 

わたしたち、
そして

すべてのものには神性が宿り

すべてはひとつの神性、

光から生まれたことの

ひとつの実験結果が、

あなたの体感のなかにあります。

 

 

(補足* たいていの多くの人が、

自分の中に眠る神性に気づかずに生きてきました

でも、いま、いよいよその神性に気づいて

目覚めて生きる、時のゲートがひらかれています)

 

 

ゲートがひらく前もひらいたあとも

COSMIC WONDERの服は

ひとたび袖を通せば

わたしたちに確かに眠る神性に気づき

神性を輝かせるエナジーに満ちている

大変希有な存在です。

 

 

この服は、光です。

 

あなたが、光であるように。

 

すべてが、光から生まれ出でた存在であるように。

 

 

 

光があたりまえの時がきた。

 

 

 

 

 

あたらしい時のゲートをくぐりながら

水の光のなかで

 

2015年8月6日

服部みれい

 

Photography by Ai Nakagawa

 

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記録のなかの記憶

Jul 18, 2015 | COSMIC WONDER Free Press 

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前田征紀からその会のことを聞いた日、自分がそこに足を運べるとは夢にも思っていなかった。電車もなく、バスもない。京丹波の山の奥。そこで前田征紀と、陶芸および手工芸の聖地のようなgallery白田を主宰する石井すみ子の美術ユニット「工藝ぱんくす舎」、そしてCOSMIC WONDERによる創造的な集い、「かみのひかりのあわ 水会」が行われる、という知らせを3月30日月曜日に、京都で聞いた。その話を聞いた時に昼食をともにしていた、竹に囲まれた土壁の部屋は、京都の繁華街の中央にありながら、前田が「ここにくると落ち着く」という韓国ふうなしつらえの料理の店だった。そのときはまだ、その会の具体的なこと、詳細なスケジュールやどのように水会の儀式を行うかなどはまだ、ぼんやりとしか決まっていない、という印象であった。その日から、まさに4週間後の4月27日月曜日に、前田征紀と、京都の菜食野草料理の料理人加藤祐基と、ふたたびこの店に来て昼食を食べた。今度は3人ではなく、前田とともにCOSMIC WONDERを創設し現在は宮崎県に住む安田都、26日に開催された水会を写真で記録するために東京から招待された長島有里枝、そして私、私と同様に東京からこの催しに参加した兼平彦太郎、京都から同席した岡田充洋も加わっていた。水会を映像で記録した志村信裕は拠点の山口県に仕事を残していたため、この日はすでに帰宅していて、いなかった。

私たちは前日におこなわれた、とても不思議な催しや出会った人について口々に語った。ギャラリー白田は陶芸家の主人をもつ石井すみ子が主宰する物販もかねたこじんまりとした展示空間だが、そこは豊かな萌葱色の自然に包まれていた。このギャラリーと夫妻の生活空間、ならびに夫石井直人の登り窯を取り巻く空地と、その奥の山の杉林を舞台として、この日、突如として白い紙のふくを着た人たちが、まるでごっこ遊びをおこなうかのように、紙と神と水と土と光についての、私たちが暮しのなかで触れ合うことのある美しいものたちの存在を印象深く示すパフォーマンスが、おこなわれたのであった。手作りのお菓子と、手透きの和紙。それはどちらも土からきたものとかかわり、自然と密接にかかわり、人の手でつくられた、泥臭い手の仕事であり、かつ、もっとも新しい創造の先端であることが、山奥にまねかれ白い紙の上に座り、目の前で「水会」のめくるめく出来事を体験した参加者は、各人各様に、理解したのだった。

 

エレンのために短文を寄せる仕事を担ってこの「水会」に参加した私も、これが短文では伝え記せないことであることは、すぐに自覚した。どうしたらよいものかと思いながら、その翌日、昼食会の前に京都市街地を一人で歩いていた。そこには京都ならではの、二階建ての町屋を今ふうに改造したファッションブティックが、ところせましと並んでおり、流木や民藝品をエントランスやウィンドウに配しながら、自然との融和をアピールする小売店が列をなしていた。それらの店が開店する前の時間帯に、数時間後には人でいっぱいになる繁華街の賑わいを想像しながら、一方で、前田が理想郷として半年後に移住をきめている美山地域の風景を、思い浮かべた。「水会」のあと日暮れまでに、私たちは1時間車を走らせて、前田の次なるステップの舞台である美山郷まで向かっていたのだった。

 

京都の山奥からまたべつの山奥へ、萌葱色のけしきにつつまれながらしばらくのドライブを経て、私たちは茅葺き屋根のいえいえが点在する、山に囲まれて清流の流れるその郷についた。日が暮れようとしていた。むかしの日本人の暮しがそのまま保存されているようなこの郷に、これから暮らし創り続けようとするCOSMIC WONDERの21世紀を思い、彼らの勇気ある決断と、つねに追随を許さない美への探求にあらためて、「工藝ぱんくす舎」と名乗ろうとする「ぱんくす」の精神をみた。

 

COSMIC WONDERの先鋭性が、世間にそのままに理解されたことは、かつても今も、ほとんどなかったと思う。そして彼らの追求するせかいは、心身ともにハードワークを要求するせかいでもあるのだが、すすんでそのせかいの住人になろうとする才能豊かな人たちが、家族のように前田征紀の周辺を取り巻いていることを、私は知っている。10年以上私もそのせかいの住人になっているので、だいたいのことはわかっている。わからないようで、わかっているつもりだ。たしかなことの一つは、15年前には私も彼らも、その眼差しを外の国へとむけていた。今はその眼差しを、日本とその源流に向けているということである。そこへと向かわせる理由は、何をおいても、暮らしのなかの美の探求なのである。それをきわめて行くと行き着く先に、素直に従っていこうとしているまでのことなのである。21世紀というこの時代の、現代を生きる感覚として。

 

2015年4月28日 林 央子

 

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Film still by Nobuhiro Shimura

 

COSMIC WONDER with Kogei Punks Sha / The Kamino-hikarino-awa Water Ceremony was performed on the 26th of April, 2015 as part of the exhibition “MIERU Kami“.

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すばらしいおどろき

May 13, 2015 | COSMIC WONDER Free Press 

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工業的につくられた服や、化学繊維を好きになったことは一度もなかった。いつも、この服は何でできているのか、ラベルを確認していた。けれども数年前、私は完全に別な世界と出会った。オーガニックコットン、エコロジカルに生産されたウールだけでなく、麻、ヘンプ、アルパカなどの、化学薬品を用いずに製造された布。このような素材に導かれて、それらをつくりだす職人への好奇心がわいてきた。それらを紡ぎ、編み、織り、染める人たちへと。植物染めの本を読んで、それまで知らなかった色を発見することで、審美的な衝撃をうけた。けれども、オーガニックテキスタイル世界基準をみたしたエコロジーブランドの衣服は好きになれなかった。それらはデザインとカットが悪く、多くは醜かったからだ。私の心のなかには、美しさへの希求と、天然素材や自然由来の色を欲するきもちがあって、そこに葛藤があった。

去年、COSMIC WONDERの新しい方向性を知ったときに、夢が現実になった。あえて期待していなかったその夢が。私は彼らのデビューコレクション「First Light」を発見した。前田征紀はヘンプ、アルパカ、麻や、私が存在すら知らなかった素材、たとえば苧麻、アバカ、葛布などを用い、それらを車輪梅の花、ロッグウッド、アレカカテキュ、ラックなどの植物で私が夢見ていた色に染め、すばらしい服をうみ出していた。それは啓示だった。私はそれまで得ることのできなかった、喜びの感情にみたされていた。「アーティストは、時代とともに生きなければいけない」ということわざについてよく私は考えるのだが、最初の2つのコレクション「First Light」と「Natural Breathing」を見たときに、この言葉が浮かんだ。これらの服は、私たちが生きている時代への深い理解にもとづいて、つくり出されている。これらの服の美しさは、崩壊しつつある世界から立ち上がった。前田征紀は、これまで踏み歩かれた道を辿ることを避ける勇気と、正直さを抱いたのだ。さらには、今日において珍しいことに、彼は彼の思想と完璧なハーモニーをもって生き、かつ創造することを、やってのけているのである。
 
衣服についてそのように考えることは、生活すること、食べること、自身の体をいたわることについての、まったくことなる考えかたのなかの一部なのである。その実践はシンプルなことだけれど、たくさんの仕事と時間を要求する。知識と同時に、ある技術を習得することも必要だ。しばしば、そのような技術は、ここ2世紀にわたる熱狂的な工業化によって埋め込まれてしまってほとんど現存しない。それを遡るためには、再発見がなされなければならないのだが、それこそが、前田征紀が実践しているリサーチの対象だ。彼の美しい提案は、聖なる自然から採取された豊富な素材をもとに、いにしえからつらなるさまざまな繊維と日本の手工芸を結びつけ、それらをたて直す。こうしてうまれた服は人間の手によってつくられていることに加え、意味深い歴史をもつ。現代においてはどこにいたとしても、服を製造するということは、誠にもって悪夢 (汚染、破壊、奴隷制)について考えをめぐらすことである。とても考えたくないことなのだが。しかし彼らの場合は、どの製造段階を想像しても楽しい。植物の収穫、動物と共生すること、紡ぎ、織り、染めること。それらすべては、生きることのイメージを輝かせ、光を放つ。

 

数日前、春が訪れた。私は野生のハーブをつみにでかけた。この素晴らしい、赤いアンサンブル (ラミーと大麻によって織られた)を着て。

 

2015年3月 エレン・フライス

 

フランス語から英語への翻訳: ブルース・ベンダソン

英語から日本語への翻訳: 林央子

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